【宮崎市】
HPVワクチン接種率向上の取り組み(医師編)
宮崎市で自治体とともにHPVワクチン接種率向上に取り組まれ、接種率大幅アップに貢献された宮崎県立看護大学 川越先生にインタビューしました!
2024.04.08
自治体の協力で実現できた出前講座
~HPVワクチンで、宮崎県に多い子宮頸がんを撲滅する~
2022年度からHPVワクチン接種の積極的な勧奨が再開されました。宮崎県立看護大学の川越靖之先生は大学教員、産婦人科医会の仕事をしながら、産科医として講演会や出前講座などの啓発活動にも取り組まれています。
今回は、改めてHPVワクチンで予防できる子宮頸がんや様々な活動のきっかけ、協力体制の広げ方、今後の展望についてお話を伺いました。
■子宮頸がんはワクチンで防げる
―そもそも子宮頸がんとはどのような病気なのでしょうか。
子宮頸がんは、子宮の出口である頸部にできる女性特有のがんです。その原因の99%はHPV(ヒトパピローマウイルス)によるものです。HPVは「多くの人が一生に一度は感染する」ありふれたウイルスで、もともと外陰部の皮膚や陰茎にいるHPVが、性交渉の時に子宮頸部や咽頭などの粘膜に感染することが将来の発病のきっかけとなります。そして、頸部に感染した女性の一部は感染から約5年で前がん病変、さらに約5年で子宮頸がんになります。
その予防には、ワクチンと子宮がん検診があります。しかし日本ではどちらとも普及せず今でも子宮頸がんは増加しています。そして宮崎県には以前から多く2019年は日本一患者の多い県となりました。
ワクチンによる予防と、がん検診で早期に見つけることは全く意味が異なります。ここをよく理解して欲しいと思います。ワクチンはがんになるのを約9割近く防ぎます。一方、がん検診はがんになりかけた段階で見つけるのが目的で、治療が必要になります。ワクチンをきちんと接種すれば子宮に対する治療が不要になるのです。子宮の手術が不要になる、このメリットはとても大きなものです。
がんになる一歩手前の状態である「前がん病変」の場合には子宮の出口を削る手術が必要ですが、子宮は残すことができます。しかし不妊症や将来妊娠したときの流早産のリスクが上がります。また通常、早期の癌でも子宮の摘出が必要で当然妊娠は出来なくなります。そして、治療によって命が救えたとしても尿が出にくくなる、足がむくむなどの合併症が起きることがありQOL(Quality of life=生活の質)が著しく低下することがあります。
世界ではすでにワクチンが広く普及していて、子宮頸がんは減少傾向で過去の病気になりつつあります。一方日本では2013年に定期接種になりましたがメディアの副反応に関する報道などで残念ながら約9年に渡って勧奨がストップされました。その後日本ですでに接種した女性においての副反応の頻度が検証されましたが、懸念される副反応の増加は認められませんでした。そして2022年4月から積極的勧奨が再開となりましたが未だ副反応への懸念が尾を引いていて十分には普及していません。今後は早急なワクチンの普及が待たれます。
性交渉前のワクチン接種が重要で、HPV感染の約70-90%が予防できます。またHPVは子宮頸がんだけでなく、男性に多い中咽頭がんなどの原因になります。そこで先進国を中心に男子にも定期接種が行われています。その結果、若い人を中心に社会全体のHPVの感染率が低下するという集団免疫効果も認めています。この様に公衆衛生の向上にも繋がります。日本では今のところ女子だけが定期接種対象ですが、首都圏を中心に小学6年生から高校1年生の男子に対して複数の自治体で助成が開始されています。私自身も男性を含めて広くワクチン接種が普及して欲しいと思っています。
※現在、日本で承認されているHPVワクチン全てが男性に接種できるわけではありません。詳しくは、医療関係者へご確認ください。
■子どもたちへダイレクトに伝えられる「出前講座」というアプローチ
―現在の啓発活動に取り組まれた経緯について教えてください。
私が宮崎県産婦人科医会の会長に就任した2022年度に、ちょうどHPVワクチンの積極的勧奨が再開されました。産婦人科医にとって待ち望んだワクチンであり早速その普及に乗り出しました。1年目は勧奨を行っている自治体に私の方から電話をかけるなどアプローチをしました。最初は距離を感じることが多かったのですが医会の様々な活動を通しコミュニケーションを図ることで次第に距離が近づいていきました。
そして宮崎県を大きく動かしたのは2023年度に開始された中学校でのワクチンに関する出前講座です。そのきっかけは2022年6月、ワクチンに理解のある宮崎市議会議員さんからの議会での質問です。その後、市長さんに理解していただき予算が確保され2023年度から宮崎市を中心に開始されました。県としても同時に子宮頸がん日本一というレッテルを剥ぐべく一緒に動き始めました。そして今では県内の5自治体で中学校を中心に出前講座を行っています。それらの講座を開いている自治体を中心に接種率が向上していて、効果を実感しています。
その他の活動としては予防接種を行う小児科、皮膚科、内科の先生方、助産師、薬剤師の方々に説明会を行いました。また看護大学を中心に県民公開講座を複数回開催しています。メンバーには、子宮頸がんの患者団体の方、接種対象者である高校生、大学生、さらに宮崎市長など様々な方に登壇いただき意見を述べてもらっています。最後にはフロア参加者の方を含め活発なディスカッションを行っています。また個人的には子宮頸がんに関する勉強会を女性議員および商工会の方向けに実施し、小さな会場にも出かけ一人でも多くの方に正確な情報を届ける草の根運動を展開しています。そして今では様々なところからお声がけいただくことが増え、新聞やテレビの特集企画でもお話しさせていただいたりしています。
2023年度に実施した市民公開講座の一部
HPVワクチンの定期接種の対象者は、小学6年生から高校1年生の女子です。そのため保護者への啓発が欠かせません。出前講座は可能であれば参観日に予定を組んでもらい保護者の方へも説明を行っています。その中ではワクチン接種の説明だけではなく、お母さん自身が子宮頸がんのおそれがある年代(下図参照)でもあるとお話し、子宮がん、併せて40歳以上の方へは乳がん検診も受診するようお勧めしています。
元データ:全国がん登録罹患データ(rateシート)
■対面での訴えが、やはり一番心に響く
―啓発活動を通して得た気づきや心がけていることついて教えてください。
今回の啓発活動の中で痛感したことは「対面での説明」がとても効果的だということです。正直なところ、1回の説明では生徒さんが内容を十分理解することは難しいと思っています。しかし、医師が学校に来て何か子宮頸がんについて話をしていたぞ、という記憶はきっと残ると思います。そして何かまずいことが宮崎で起こっている、そして子宮頸がんは怖いものと思ってもらえれば自分は成功だと思っています。それがワクチンの接種行動にも繋がるし、また将来の健康への礎になると信じています。
出前講座の内容としては、最初に子宮頸がんの“罹患の多さと病気の怖さ”について話をします。子宮頸がんは産婦人科医にとって若い女性の命、そして子どもを持ちたいという夢を奪う憎き存在でしかありません。だから臨床で診た病気のリアルな悲惨さをあえて県民の方に伝えています。そしてその後にワクチンについて説明します。自分たち医師がなぜここまでこのワクチンを推奨しているのか?その理由を理解して欲しいのです。
自治体の会議や講演会の際にはどこでもワクチンについて“話します、行きますよ”とお伝えしたり、名刺を配ったりしています。この様な地道な活動のせいか、あちらこちらから声がかかるようになりました。またワクチン以外の相談についても自治体から届くようになり、医師と自治体との距離が縮まって風通しが良くなったと感じます。とても嬉しく思っています。
■10年後に向けて、今後もより多くの方へ啓発を続けていきたい
―今後の展望についてお聞かせください。
2023年度は県内のHPVワクチンの接種数が昨年度にくらべ約2倍に増加し、ようやく手ごたえを感じるようになりました。しかし、接種の機会を逃した方へのキャッチアップ接種は2024年度で終了します。今後はさらに活動を活発化させラストスパートをかけていきます。最終的な目標は80%の人が定期接種を受けるようになることです。これはすでに子宮頸がんが減り始めた先進国とほぼ同じレベルです。その状態が維持できれば子宮頸がんも次第に減り始め撲滅できる日も近くなると思います。
今後も各自治体の方と連絡を取り合い、定期的に情報交換する場をつくって1人でも多くの方に正しい情報を届けていくのが理想ですね。
■日本でも、HPVワクチンが当たり前の時代へ
―最後にメッセージをお願いいたします。
HPVワクチンは、安全で効果的です。WHO(世界保健機関)も明確に「safe and effecive」と言い切っていて、すでに世界で3億回以上接種されている実績のあるワクチンです。加えて最近、複数の国から接種をした若年層で子宮頸がんが90%減ったという素晴らしい成績が示されました。
そしてワクチンの効果は14年以上続くことが確認されています。この様にHPVワクチンは高い確率でがんを予防できる優れたワクチンです。対象のお子さんがいる場合には、ぜひ前向きに接種を検討してください。そしてワクチンのなかった母親世代の方は、子宮がん検診をきちんと受けてぜひ早期発見をして欲しいです。
宮崎県では自治体の方々との協力のおかげで2023年度、1年間の接種数はすでに1万回を優に越えました。HPVワクチンが当たり前の時代まであともう少しです。そして今後、男性にも身近なワクチンになっていくと思います。男性の皆さんにも子宮頸がんについてぜひ知って自分の事として考えてほしいと思います。ワクチンで予防できる病気はきちんと予防して、安心で健やかな人生を歩んで欲しいと思います。
右から
宮崎県立看護大学 看護人間学Ⅱ 川越 靖之 教授
株式会社アステム R&D本部 次世代事業室 清水 澄人 氏(ブリッジ兼務)
※所属名は、インタビュー当時(2024年2月26日)の名称です。
次回は、宮崎市役所 親子保健課のインタビューを掲載いたします。
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